佐野研二郎も佐藤可士和も浅葉克己も時代遅れ。東京オリンピック、ロゴ問題。

身長182cmという体格に恵まれながら、運動が何よりも大嫌いです。

そんな私の弟は170cmないのですがプロレスラーです。出来ることなら身長を代わってあげたかった。

運動会はトラウマでしかなく、48年間スポーツとは全く無縁の人生を過ごしてきました。

2016年オリンピックイヤーにも、もまったく興味がないのですが、スポーツとはまったく関係のないところで、関心を持たずにはいられなくなってしまいました。

佐野研二郎氏のロゴ盗用問題は、広告を制作している同業者として他人ごとではありません。

結局彼のデザインは取り下げられて、新たな4案に絞られ、そのデザインが4月8日に発表されました。

ロゴ問題に関して、いろいろな立場の人が様々な意見を述べていますが、今回のニュースを受けて、以前から危機を感じていた広告制作の現場、クリエイティブに対する現状が、末期的な閉塞感に囚われていることを確信しました。

これからのクリエイティブのあり方を含め、ロゴ問題に見る広告制作現場の現状を、コピーライターの視点で書かせてもらいます。

ロゴパクリ問題の本質。

そもそも広告制作の現場では、広告のアイデアを考える際に、国内外、過去の広告を片っ端から参考にして、映画を見て、アートを見て、デザインを見て、アイデアの断片を探します。

その断片を膨らませ、アレンジし、再構成することで、新しいものを生み出していく、、、

ということを、すべてのグラフィックデザイナー&コピーライターは、日々仕事としてやっているのです。

そこから生まれた新しいアイデアは、100%オリジナルではないながらも、「改良的想像力」として、クリエイティブな産物となります。

まったくのヒラメキやインスピレーションによって天から降ってきたかのように生み出された「独創的想像力」による産物は、芸術家や詩人、作家といった、一部の天才だけに与えられた能力によって成されるもので、凡人はひたすら努力を重ね、「改良的想像力」に頼るしかないのです。

だからといって、「改良的想像力」によって生み出されたものが創造性のない、独自性のないものなのかといったら、そういうわけではなく、やはり考え抜かれた末に生まれた産物として、少なからず、作った人の個性が宿っています。

そして、月並みな言い方ですが、結局その創造物の評価は、

良いものは良い。

悪いものは悪い。

というだけのことなのです。

東京オリンピックのロゴが好意的に受け入れられなかったのは、単純に佐野研二郎氏のロゴが、たいして良くなかったことが問題なのです。

途中で問題が“盗用”にすり替わってしまいましたが、

“今”の大衆に受け入れられない、時代はずれのデザインが知らないところで選ばれてしまった

ということが、今回のロゴ問題の本質だと思っています。

佐野研二郎氏のロゴをパクリといってダメ出ししているのに、なんで誰も1964年・東京オリンピックのポスターを、“日の丸のパクリ”とはいわないのでしょうか。

結果的に佐野研二郎はパクリ常習犯だった。

しかし、その後次々と発覚したのは、「改良的想像力」ではなく、改良も創造もしていないパクリの数々。

以前勤めていた広告会社で、既存のイラストを参考に書き起こしたイラストを新聞広告に使用したところ、タッチが似ていて、構図もそっくり。そして何より孫悟空というキャラクターが一致ということで、数億円の損害賠償訴求を起こされたことがあります。

その時は示談で切り抜けたのですが、佐野研二郎氏のパクリは、素人ブロガーですらやらない最低限のルールすら無視した、プロとして最低の行為。

アートディレクターとして二度と陽の目を見られない・・・

ハズなのですが、仕事が1/3に減っただけですんでいるらしい。逆に仕事を出すクライアントがいることに驚きです。

新ロゴ4案に噛み付いた老害、浅葉克己。

浅葉克己。

私の世代のクリエイターにとっては、神のような存在。

グラフィックデザインのトップを走る超一流のアートディレクター。

そんな彼が、言い放ったひとこと。

「これなら佐野さんの作品の方が良かった」

時代の先端を切り拓いてきたクリエイターのはずなのに、
「そもそもデザインとは、こうあるべきだ論」に囚われて、時代を見失ってしまっている発言です。

とはいうものの、私も佐野研二郎氏のロゴと新しい4案を並べたら、佐野研二郎氏のロゴを選ぶと思います。

それは、私の世代以前のグラフィックデザイナーがこだわっているものを、ずっと見てきたから。

浅葉克己世代は、ケイ線を引くのに定規と烏口というペンを使ってデザインしていた世代。
1ミリの間に10本の線を手書きで描くという修行を経てきています。

そこで磨いてきたのは、0コンマ何ミリのバランスで、美しいデザインを仕上げること。

特にロゴはシンプルなだけに、そこに求められるこだわりの眼は、並大抵のものではありません。

構図、バランス、視認性、グラフィックデザインとしての完成度の高さでは、佐野研二郎のロゴが一番基本どおりということです。

でもそれが、いまの時代にはまったく響かないということに気がついていないのか、気がつきたくないのか。

もはや浅葉克己は、ちょっと時代遅れのおじいちゃんでしかないのです。

 

佐藤可士和とともに葬り去られたグラフィックデザインの価値。

佐野研二郎は知らなくても、佐藤可士和は知っている方も多いのでは?

TSUTAYAのロゴやSMAPのアルバムジャケット、そしてユニクロのアートディレクション。

本も何冊も出している、恐らく一番有名なグラフィックデザイナー。

というより、他に名の売れているグラフィックデザイナーがいない。

彼のデザインの基本は、直線と単純な色使いで構成された徹底的なシンプルさ。ものが変わっても、見ただけで彼のデザインは見分けが付きます。

シンプルさへのこだわりは、佐藤可士和が佐藤可士和であることのアイデンティティでもありました。

ところがそれも今は昔。

最近では、彼がデザインしたセブンイレブンのコーヒーサーバーのボタンがわかりにくいので、お店でベタベタ張り紙が貼られ、デザイン以前のトラブルを引き起こしたり、guのロゴデザインのあまりのチープさが話題になったり、時代を読み違えた勘違いデザインを頻発。

佐野研二郎氏は、博報堂時代に彼のチームでデザインをしていたので、そのマネをして勘違いデザインをしてしまうのも仕方がありません。

では、どのように時代を読み違え、勘違いしてしまっているのか。

今ではシンプルなデザインなんて、パソコンを使えば誰でも作れます。

1ミリの間に10本の線を引くなんて簡単。そんなこだわり通用しない。

デザイナーの感性でしか語れない絶妙なバランス感覚よりも、簡単にはマネできないテクニックが求められているのです。

佐野研二郎のオリンピックのロゴは、直線と単純な曲線だけで構成されている。

候補の4案は、自由曲線が多くて、結構面倒臭いことになっている。

市松模様のロゴなんて、パーツはシンプルなのになぜか左右対象じゃないすわりの悪さ。

素人がパソコンでちょちょっと作れてしまうようなデザインなんて、一流のプロの仕事とは思ってもらえなくなっているのです。

“これなら私でもできる”

と思わせてしまったら終わりなわけで、結局それが佐藤可士和の限界だったわけです。

佐藤可士和よりも若い世代の中では、唯一無二のグラフィック・デザイン力を持っていた野田凪。彼女が若くしてなくなってしまったのは、本当に大きな損失でした。

そして広告制作現場の末期的閉塞感とは。

「コピー年鑑は、年寄たちの年に一度の同窓会になってしまっている。秋山晶が引退しなければクリエイティブの現場は変わらない。」

「コピー年鑑」とは、1963年に創刊され、年に一度、その年の広告の中からできの良いコピーを集めて紹介する年鑑で、新人賞はコピーライターの登竜門的な存在となっています。

年寄りたちとは、秋山晶(80歳)、仲畑貴志(67歳)、一倉宏(62歳)等々、30年以上前から変わらぬ顔ぶれのこと。

で、最初のセリフは、某中堅広告制作会社の専務だった方が、「コピー年鑑」の編集の幹事会社を受け持っていたときにつぶやいた言葉です。

それも、およそ10年前のこと。

約3,000名の会員を擁する、日本グラフィックデザイナー協会・JAGDAも、状況は一緒。会長は前出の浅葉克己です。

デザイナーもコピーライターも、そのまま老いていっているだけで、顔ぶれが変わらず。
次世代のエースが登場せず、まったく新陳代謝していません。

新しい世代が、まったく育っていないのです。

時代の半歩先を捉える仕事をしているにも関わらず、感覚は完全に時代遅れ。

クリエイティブなんてオマケでOKの大手広告代理店お抱えのコピーライター&グラフィックデザイナー以外は、クリエイターではなく、クライアントから言われたことをそのままつくるオペレーターと化しています。

というわけでそれを打破すべく、時代の先を行く広告をつくるアタマを磨くための、ブログを書いていきたいと思っています。

 

それにしても一般公募って、最悪の選択方法です。

ロゴにしても、ネーミングにしても、一般公募・投票によって決まることって良くありますよね。

でもそれって、本当に最低な結果しか生みません。

公募に関しては、素人が作ったものは、そもそも素人クオリティ。キラリと光るものはあっても、完成度が低すぎてそのまま使えないモノがほとんどです。
投票だって、そのコンセプトや意味合いを深く考えて選ぶわけではなく、無責任な主観で決める人がほとんど。

やはりプロがしのぎを削って磨き上げたアイデアを、プロが真剣な目を持って選ぶというプロセスが、本当に良いモノを生むための手段。

そのプロが信頼を落としてしまったがゆえの今回の一般公募。いいものが出てくるはずがない。
個人的には、オリンピックなんて興味がないのでどうでも良いのですが、デザインの力をアピールする機会にドロを塗られてしまったことは、本当に残念でしかありません。

ちなみに私も一度だけ、ロゴ公募の特別審査員をやらせていただいたことがあります。

一般社団法人飲食店日本酒提供者協会

それぞれの思いが込められたロゴの中から1点を選ぶのって、メチャクチャ大変でした。
でもやっぱり選ばれたのはプロの作品。

ロゴ制作って簡単そうに思えるけれど、素人が見よう見まねでできるシロモノではないのです。

1 個のコメント

  • 私ももう広告業界を去った人間ですが、正にこの問題に数十年悩まされて来ました。
    全くの同感です。優れたデザイン、コピーと言うものは、一部の有名広告代理店、有名プロダクション、著名なクリエーターのみが占有する世界で、そこいらのページものやチラシなんかを制作するデザイナーには縁が無いのです。以前から有名になるには、朝日広告賞やコピー年鑑にのる作品を作るか、有名広告代理店に勤務するかのどちらか。
    亀倉さんや浅葉さん、長井さんや中畑さん、糸井さん、細谷さん。憧れた人は沢山いましたが、やはりパクリだったと思いますよ。
    お互いに、インスパイアされてそれが時代を形成して行っていたのだと思います。若かりし以前、金森修一さんの事務職にアシスタントとして働いていた頃。毎日やった仕事は、7級の文字を手づめして、四角の中に綺麗に入れる作業。来る日も来る日も同じ事。一日終わって金森さんに見せるとここがダメあそこがダメと言われ、呆れてやめてしまいましたが、友人に聞いたらそれが数ヶ月続き、その後が雑誌のイメージ探し。今でこれをやったらパワハラでしょう?給料を貰えて勉強出きるのだからありがたく思わなきゃなんて言ってました。この制作過程が悪の根元で、薄っぺらな海外からの盗用を生む地盤だったと思います。若いエネルギーを認める幅の広いデザインが誰でも参加できるオープンな世界を構築出来ればもっとデザインが楽しく思えるはずだったのに。

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