大学受験、近畿大学が一番人気。2018年問題で大学再編は不可避なのに、何もできない大学たち。

2018年、大学の今。

大学の2018年問題が、いよいよ表面化する時期が近づいてきました。

各大学がキャンパスを広げて定員を増やし、さらには勉強ができなくても入れるFランクと呼ばれる大学も乱立し、全大学の定員数よりも大学受験数の方が少ない・・・ようするに誰でも大学に入ることができる大学全入時代もいよいよ終わりを迎えます。

というのも2018年の今年、受験生となる18歳が一気に15万人も減少。その後もひたすら減り続け、2031年には20万人も減少することに。当然、国公立を含め、倒産する大学が続出することになるのは必然。

当然どこの大学も危機感をいだいていて、新しい学部を開設したり、施設を充実したり、様々な受験生を増やすための取り組みを図っています。

青山学院大学のように、学生が集まり過ぎるのでオープンキャンパスに力を入れていない人気大学もありますが。

例えば、最近やたらとグローバル学科や国際学科という、世界に目を向けた学部・学科を新設している大学が増えています。
これは、社会の国際化を見据え、それに対応するため、ということだけではなくて、単純に日本人が減るなら海外の学生に目を向けるしかなく、実際には留学生の受け皿として設けられたものです。

大学の学生数と受験者数。

大学の学生数のランキングは以下の通り。

1位:日本大学(67,909人)
2位:早稲田大学(42,181人)
3位:立命館大学(32,580人)
4位:近畿大学(32,322人)
5位:明治大学(30,992人)

受験者数のランキングは以下の通り。

1位:近畿大学(119,915人)
2位:明治大学(108,500人)
3位:早稲田大学(108,039人)
4位:日本大学(104,558人)
5位:法政大学(101,976人)
※2016年5月時点:旺文社 教育情報センター

近畿大学が3年間連続で、1位をキープしています。
学生数が3万人を超えるマンモス大学とはいえ、早稲田・明治といった超有名大学を差し置いて、どの大学よりも受験生を集めている理由の全ては、間違いなく広報・宣伝のうまさにあります。

完全養殖に成功した「近大マグロ」で一世を風靡したのは記憶に新しいところ。
もちろんそこで一気に知名度が上がったということもありますが、それだけで1位になれるほど学生を集めるのって簡単なことではありません。

どの大学にもできない広告プロモーションによって、学生の目を近畿大学に向けることに成功したからこそ、学生を集めることができたのです。

近畿大学の広告とは。

どの大学にもできない広告プロモーションといっても、やっていることは単純明快。
ターゲットである受験生(広告生)目線でメッセージを発信することに徹底しています。

大学案内も、雑誌「東京グラフィティ」を編集している株式会社グラフィティが制作していて、普通に書店でも販売しています。

中身はというと、「近大人SNAP」や「バッグの中身」「近大美少女・美男子」といった高校生目線で興味を引くような記事がメイン。
文字だらけの理念やらカリキュラムは別冊で綴じ込まれ、さらに詳しくは学部案内またはホームページへ誘導しています。

近大の偏差値は学部にもよりますが、おおむね中の中の50前後。そんな普通の高校生が行きたくなるような記事をしっかりと作り込んでいます。

近畿大学しかできない理由。

受験生目線の広告って当たり前ではありますが、これがなかなかできません。
私自身、クリエイティブディレクターとしてかなりの数(早稲田・青山学院・法政・東京女子・茨城・北里・東海etc)の大学の学校・学部案内の制作に携わっているのですが、当然ターゲットは高校生ということで制作をはじめます。
ところが、制作していくうちにクライアントの要望が入り、親や学校の進路指導の先生の目に留まることにも配慮をしたいといいだして、デザインが画一的なものになっていく。
さらにはシラバス(学習計画)の見せ方や、リベラルアーツの精神を正しく伝えることにこだわったり、今時の学生は文字を読まないといっておきながら論文のような原稿をいれろといってきたり、結局できあがったものは高校生目線とはほど遠い、アカデミックなものになってしまいます。

というのも、結局大学は縦割り、トップダウンの組織。大学の広告・広報物を発注している部署は、教授や学部長の顔色をうかがいながら仕事をしている。新しいことをやるよりも、結局は部署の担当者が説明しやすい、説得しやすい、突っ込みどころのない、凡庸なデザイン&内容へと落ち着いていくのです。

近畿大学が他の大学と違うのは、広告を発注する広報がイニシアチブをとっているということ。
結果を出せば、大学内の誰の意見も取りいれる必要はないということで広告を作っている。
だから教授や学部長といった、世間知らずでいながら、個性&自己主張のきつい人たちの意見を聞かずに、自由に作ることができるのです。

さらに近畿大学は、大手の広告代理店を入れて、広告戦略を立てている。
ほとんどの大学には、大手の代理店なんて入っていません。
大学の学校案内ってちょっと特殊で、広告とエディトリアルの中間のような仕事なので、それに強い代理店が入っていたりする。
私が勤めている会社もそれに近いです。
そうすると、知っているだけに表現の幅やアイデアの幅が狭まってくる。
私自身、何度も新しい提案をしていますが、保守的なシステムに弾かれて、なかなかそれをブレイクスルーすることができません。

ということで、新しいことをしたくても、大学内にその旗を振る人や部署がない。

危機感を感じて大学内で旗を振るも、誰も付いてこなくて辞めていった人や、新しい部署を作ったにもかかわらず、結局保守の色に染まっていくのを、何度か見ています。

最近の学生はあんまり文字を読まない。ビジュアルでしか伝わらないんだよね。

かなり偏差値が高い、某有名私立大学の学科案内を制作しているときに、当時学部長で、その後学長になった方から直接伺った話です。

わかっていても結局、最大公約数的なものになってしまうのが大学たる所以。

名門私立女子大学の学校案内のプレゼンに勝った時、その理由のひとつとして挙げられたのは、前年の学校案内に見られたあまりに多い文章量を削るという提案をしなかったからでした。

伝統と格式を重んじるが故に新しいことが受け入れられないというのも、名門大学にありがちなパターン。
伝統と格式を重んじる家庭で育った受験生が集まってくるので、直近での問題は無いようなのですが。

近畿大学の真似すらできないFランの大学たち

学生目線でつくるというのなら、学生につくらせたらどうだろう…なんていう考えが浮かびますが、それこそ浅はかというもの。
学生に向けてつくることと、学生がつくることはまったく違います。
クリエイティブのクオリティを保つにディレクションしないと、ホントに幼稚で素人くさいものになってしまいます。

偏差値の低い聞いたことのないような大学が、意味不明な電車の窓上広告を掲出しているのを見たことがある人もいるのではないかと思いますが、大抵は広報担当者内の誰かが思い付いたアイデアもどきを、そのまま面白いからといって発信してしまったもの。
大学の知名度が低いからインパクトのある広告をつくりたいという自己満足だけで、なにを伝えたいのかまったくわからない。
結局、大学の偏差値と広報担当者の偏差値はほぼ比例しているので、良い広告をつくれるわけがないのです。

 

Fランの大学案内のプレゼンテーションをしたときのこと。プレゼンの場に教授と学生が半々くらい座っています。
学生にも決定権を与えるということだったのですが、そういう決め方をしていいものができるわけがありません。

素人を含めた投票による決定

大学に限らずありがちなプレゼン選考方法なのですが、ターゲット論も、マーケティング論も、戦略・戦術の全てが無視され、個人的な見た目の好き嫌いで決定されるので、いい結果に結びつくことはありません。

Fランの大学案内のプレゼンでも、学生の姿を見てプレゼンをする気が無くなったのですが、目の前に座っていた女子学生がかわいかったので、その子に向けてプレゼンをすることにしました。

ところが、プレゼン後の質疑応答で的確な質問をしてきたのはその女子学生だけでした。

教授たちはプレゼンに耳を傾けることなく、それぞれに企画書をぺらぺらめくって、的外れな質問をしてくる。
大学の偏差値と教授の偏差値も比例していました。

私のプレゼン能力にも問題があるのですが…

というわけで、近畿大学を真似ようにも、筋道をたてた上での広告戦略のひとつとしてクリエイティブがあるという、広告制作の本質を理解せず、目先のインパクトを追い求める姿勢では、いつまで経っても受験生を振り向かせることはできないのです。

2018年大学はどうなる

すでに閉校が決まって入試をしていない大学や、定員割れして入学式直前まで募集をしている大学もある中で、ついに2018年、15万人の受験生が減少することになります。

なんと明治大学5校分。

というわけで、ランクが低く、立地が悪く、人気が低い大学は、どんどん消えていくことになります。
国公立ですら、特に地方大学の存続が危ぶまれているくらいです。
そもそも大学は、勉強ができる人、したい人が行く場所なので、アルファベットも書けないような人が行っても何の役にも立ちません。

首都圏では、関東上流江戸桜=関東学園大学、上武大学、流通経済大学、江戸川大学、桜美林大学よりもランクが下の大学は、学生を集めるのにかなり苦労するのではないかと思われます。

大学も、いよいよ淘汰の時代に突入。

生き残りをかけて、どんどん近畿大学レベルのプロモーションを打ち出していきたくても、なかなかそう簡単にはいかない。組織が硬直しすぎていて大きな舵取りができないという悪弊に足をひっぱられてしまう。

ホンネは、ABCも読めない学生ばかりの大学なんて、なくなった方が良いと思っているですが。

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