広告制作費はバブルを頂点に大暴落。コピー・デザイン料金が0になる日は来るのか。

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バブル期までの広告の価値。
コピー1本100万円。
バブル期の糸井重里に付けられたキャッチフレーズです。
1本のコピーを書くためには、その商品特徴を理解することはもちろん、市場でのポジション、ターゲットのマインド、世の中のトレンドを見渡しながら、キーワードとなる言葉をたくさん集めてきて、それを全部テーブルの上に並べては組み合わせ、誰もが知っている言葉で、誰も知らなかった新しい価値を探るという作業を繰り返していきます。
あるかどうかもわからない答えが出るまで一日中1本のコピーを書き続け、クリエイティブディレクターやアートディレクターにダメ出しをされ、ひたすら徹夜で書き続け、ようやく明け方にOKをもらったコピーが、結局途中で差し替わって陽の目を見ない。
複数人のコピーライターが、10本から20本書いてはテーブルに並べて取捨選択・分類し、少しずつ方向性を絞っていき、誰もが腹おちするコピーができあがるまで丸二日書き続けたにもかかわらず、プレゼンを落とす。
と言うのがコピーライターの日常でした。
だからといって、その作業量の多さによって100万円という価値が生まれるのではなく、そのコピーに決まるまでのプロセスにおいて、商品を取り巻くあらゆる要素をシミュレーションすることで、広告戦略からクリエイティブ戦略、メディア戦略までを組み上げているのです。
媒体も、クリエイティブも、プロモーションも、1本のコピーによってコントロールされる。
広告戦略の方向性を決定づける指針となる言葉に、100万円という価値はおおいにあったのです。
さらに、デザイナーがラフで組んできたデザインに、ぴったり文字数を合わせてコピーを書く。
キャッチコピーはもちろん、リードコピーからボディコピーまで、足りなかったりはみ出したりしないように、さらには単語の途中で文字が切れないように、改行にも気を配る。
コピーライティングは商品の特徴やセールスポイントを伝えるとともに、デザインの一部として機能させるためのテクニックが必要でした。
グラフィックデザインのこだわり
バブル当時のMacはClassic時代。とてもデザインに使えるようなシロモノではありません。
文字・写真・イラストといった構成要素は、印刷入稿時にすべて切り貼り&印刷指定。デザインパーツや表・グラフ、罫線まで、全部手書き。ちょっとした影を付けたいときはブラシを吹いて別版で用意。色もCMYKで指定して印刷入稿。色校が上がってくるまで、色を見ることができない中でデザインをしていました。
今ではデザイナーの仕事になってしまった写真合成も、当時はポジフィルムを使ってやっていたので、とんでもない手間・ヒマ・コストがかかります。
不動産の物件写真から電線を消して、電柱を消して、植栽を植えるなんて、今ではフォトショップで簡単にできますが、かつてはデザイナーの指示に従って、レタッチャーがデュープしたポジを手作業で貼り合わせるという気の遠くなる作業を行っていて、合成済のポジ・1点100万円の世界。
広告のビジュアルづくりは合成に頼らず一発写真で、どこまで求めている世界を再現できるかが、グラフィック・デザイナーの腕の見せ所。小道具制作からモデル・ヘアメイク・スタイリスト手配、撮影のロケハン、当日の撮影ディレクションまで、やり直しのきかない現場でさらなるクオリティを求めてこだわり続けていたのです。
バブル以前=請求書にめくら判(自主規制)の時代。
バブル期の企業は、儲けすぎて税金いっぱい払わなくちゃいけなくなって、税金払うくらいなら広告でジャブジャブ使っちゃえということで、そもそも消費がイケイケなので、なにをやっても売れる中で、宣伝担当は見積も取らずにバンバン広告を発注。仕事を納めた後で適当に請求書を発行して、担当者は多少高くても、接待に目がくらんで、そのまま経理へ。
クリエイティブもお金をジャンジャン使って、自分が作りたいビジュアルにこだわりまくり。
それなりに価格交渉はあるものの、今では考えられないくらいどんぶり勘定で仕事を進めていました。
コピーライター、デザイナーという特殊な能力と、右上がりの経済成長を背景に、当時は結構儲かる仕事でした。
30代前半でフリーになったコピーライターは、みんな年収1000万円以上。
私も同じレールに乗っていたはずなのに…
バブルがはじけ、Macが現れ、グラフィックデザインの価値暴落。
バブル崩壊で赤字に陥った企業が、まず削減するのが広告費。
景気が悪くなったからといって広告費を削るのは、さらなる企業の弱体化を促しそうですが、そもそも税金対策のどんぶり勘定で異様にふくれあがっているわけで、ムダがないかよーく調べてみると、得体の知れない高額請求書がいっぱい出てくる。結局広告代理店と宣伝担当者との癒着がバレて、宣伝担当者が解雇になって、経費削減のため新卒が宣伝担当についたりして、広告のことなんてなんにも分からないまま、ただただ経費を下げることだけに終始しはじめる。
というわけで、広告制作費暴落。
〈暴落例〉
1.バブル崩壊直後、某通販カタログ誌のチーフコピーライターをやっていて、見開き2ページ、撮影ディレクション代込みで、デザイン約20万円、コピー約5万円で受けていたところ、翌年、予算が1/3に削減。とても勤めていた広告プロダクションでは受けることができず、編集プロダクションに仕事が流れていった。
2.書き下ろしのイラストとキャッチコピーで構成されたB3のシリーズポスターを1本100万円で制作していたところ、3本まとめて120万円に値引きされた。
さらにそれまではクオリティ重視だった広告制作が、価格重視になったことで、印刷の仕事が欲しい印刷屋が、広告制作費をディスカウントして仕事を取りに来る。
印刷屋にとって、印刷部数の多い仕事はそれだけで利益が取れるので、制作はオマケ。
それでもそれなりの提案力は求められるので、印刷屋がクリエイティブに力を入れはじめ、クオリティは保証しないけど、それなりのカタチには仕上げてくる。
クライアント側も宣伝に精通した人は癒着で解雇しちゃって、クオリティなんて分からないから、安かろう悪かろうでもよしとされてしまう。
結局見積で下をくぐった者勝ちの上に、見積もりを出しているにも関わらず、請求の段階でさらに叩いてくる。
その繰り返しで、広告制作費はさらに暴落していきます。
そしてMacの登場。
今までよりも手間がかからなくなったという幻想によって、さらにクライアントは価格を叩いてきます。
例えば写植代がいらなくなったので、その分が差し引かれます。作図も簡単にできるようになりました。
写真加工もデザイナーができてしまいます。
その分を全部ディスカウントしてくる。
Mac導入には、まずデザイナーがデザインソフト(イラストレーター&フォトショップ)を使いこなせるようになることが求められます。さらにクリエイター分のマシンと、コピー機と、ソフトウエア、さらにはマシンとコピーサーバそれぞれにフォントデータが必要で、かなりのコストがかかります。その減価償却分と、Mac入力の手間賃として、Macオペレーション料金をきちんと取れば良かったのですが、結局クライアントの言うがままにデザインコストを下げざるを得真線でした。なかにはオペレーション料金をちゃんと取っているところもありましたけれど。
コピーの価値、0円。
そしてついに、「出没!アド街ック天国」であなたの街の宣伝部長・愛川欽也が街のキャッチフレーズをいとも簡単に作り上げはじめた1995年あたりから、「コピーなんて誰でも書けるんじゃないの?」という気運が生まれてしまいます。
印刷屋の下請けのような末端の制作会社にはコピーライター不在という状況が生まれ、クライアントから言われるがままにデザイナーが適当にコピーを書いたり、さらにはコピー代払うのがもったいないといって、クライアントが書いてきたりするようになってしまいました。
かつてはボディコピーにすらクライアントからの修正を許すことのなかったコピーライターの聖域が完全崩壊。
かつての広告制作費の内訳は、ディレクション・企画・コピー・デザイン料金にまで細分化されていたのに、今となってはデザイン一式でおしまい。コピーに価格がつかない仕事ばかりになってしまいました。
グラフィックデザインの価値、さらに暴落。
デザインに関しても、素人が文字を並べて簡単にレイアウトが組めるようになってしまったため、デザイナーにはプラスαのあしらいだけが求められるように。現在webの世界ではフラットデザインが基本ですが、紙ベースのグラフィックデザインで、計算されたレイアウトのもと、シンプルなデザインにすると、これなら自分でもできると言われてしまいます。
フォントを立体にするとか、写真を合成するとか、素人ではできない要素が入っていないと手抜きに見られる。
ロゴに関しても、佐野研二郎のロゴ問題以来、プロと素人との差を語ることができなくなってしまいました。
デザイン費が暴落する中、印刷までを受注することで、印刷費に利益を乗せて、なんとかやりくりしてきたものの、最近のネット印刷のバカみたいな安さのせいと、ネットで定価が出てしまっていることで、印刷に利益を乗せることもできず、さらには印刷はネット印刷を使うから、デザインだけをお願いされるという、まったく利益の出ない発注を受けるようになってきています。
電波や新聞・雑誌・鉄道等の媒体を持っている広告代理店は媒体費で稼いでいますが、媒体に関しても価値が下がっているため、利益は大幅に減少。とはいえ広告制作費に比べればテマヒマかけずに、広告を掲載するだけでお金が入ってくるので、印刷までだけの広告代理店や広告プロダクション、印刷会社よりはまだましです。
A4・4/4cで1〜2万円とかいってくるバカクライアントもいます。ポスターですら5万円を切るくらいまで叩いてくる。
かつてのようにビジュアルづくりにこだわっていたら大赤字なので、レンタルフォトにコピーを入れるだけで終わり。それでも色々注文を付けてくる。特に安く受注したクライアントほどデザインの価値が分かっていないので、もっといい写真にしてくれとか、もっとインパクトが欲しいとか、いろいろ注文を付けてきます。
いい写真にするならコストがかかるというと、そんなの聞いていないから予算内でやれといってくる。
というわけで、どんなに大きな会社でも、常識外れなほどにやすく叩いてくる会社の仕事は、よっぽどヒマでなければ受注できません。
広告制作はいよいよ底値状態。バブル以降左下がり業界。
コピー0円。デザイン費もチラシ・ポスターではほとんど稼げない。ということでカタログやパンフレットといったページ物でなんとか売上を立てているのが現状。
企画を売って、お金をもらおう。
ということで、マーケティングや広告のコンサルティングで利益を上げている広告プロダクションもありますが、そんなに都合の良い仕事なんて、めったにころがっていません。
電通が火をつけた労働時間の問題もあって、デザイナーに見なし残業代以上の時間外労働を課して搾取するのもムリ。
これ以上制作費が下がると、広告プロダクションは人件費すら出せず、仕事が回せなくなるところまで来ています。
広告に頼っていた印刷会社は、とっくの昔につぶれているか、つぶれかけの所ばっかり。
50年以上変わらぬ方法論で続いてきた広告制作という仕事ですが、とっくの昔にビジネスモデルとして破綻しています。
持ち直そうとしても、優秀なグラフィック・デザイナー、コピーライターが育っていないという、地盤沈下状態。
そろそろグラフィック・デザイナー、コピーライターが広告を制作するというビジネスモデルを、根底から考え直すときが来ているのかも知れません。