昭和・横浜の象徴、バンドホテル、ALiC日進、オデオンビルは今。

BUND HOTELよ永遠に。

かつて元町の外れ、港の見える丘公園に登るフランス坂のその先に、古色蒼然としたホテルがありました。
その名はバンドホテル(BUND[=海岸通] HOTEL)。
1929年に創業。
以来、「東京ローズ」の記者会見の会場に使われたり、「霧笛が俺を呼んでいる」のロケ地だったり、淡谷のり子の「別れのブルース」、いしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」、五木ひろしの「よこはま・たそがれ」に歌われていたり、横浜の歴史を見つめながら、自らがさまざまな文化の舞台となってきたホテルです。

1982年にはライブハウス「シェルガーデン」がオープン。桑田佳祐、安全地帯、ゴダイゴ、TUBEの前田亘輝、尾崎豊もそのステージに上がったことがある横浜の音楽シーンの中心を担っていた時代もありました。
とはいえ老朽化や大型ホテルの進出による客離れは止めることができず、1999年に閉鎖。70年の歴史に幕を閉じました。

電気のことから暮らしのこと。

横浜西口、五番街から南幸橋を超えてすぐ右側に、かつて“家電とホビーの専門店”ALiC日新(Art & Living Creator)がありました。
まだ家電量販店が一般的でなく、ビックカメラもヨドバシもなかった頃、横浜一の家電量販店&レコードからプラモデルから鉄道模型までが揃うホビーショップでした。
その最上階には寂れたレストランがあり、他の店がどんなに混んでいても、いつも空いていたので結構重宝していました。

昭和50年代からの浜っ子なら、

「ありあけのハーバー♪」

と並んで

「アリック日進、アリック日進、電気のことから暮らしのこと〜♪」

というフレーズを、メロディに乗せて口ずさむことができるはず。

最盛期には6店舗、秋葉原にまで進出していたのですが、城南電気やヤマダ電気といった大型家電量販店の台頭や、ビックカメラやヨドバシカメラの横浜進出に敵うはずもなく、あえなく撤退。
現在は創業地の生麦で細々と営業しているようです。

伊勢佐木町のランドマーク。

1911年に開館した映画館、オデヲン座を前身に、1975年「ニューオデオンビル」として建設。
様々なテナントが入ったファッションビルとしてそこそこの賑わいを見せ、1985年には9階に映画館「横浜オデヲン座」が再開。

長者町の交差点に立つその姿は、伊勢佐木町のシンボルとして、長い間馴染みの風景となっていました。

とは言ってもテナントはスカスカ、上の階に行くほどマニアック度が上がっていき、古書店・先生堂書店は、あらゆるジャンルのオタクが唸る、レア本、稀覯本が揃っていて、伊勢佐木町の裏通りとはまたちょっと違った怪しい雰囲気を醸し出し、映画館も小さなスクリーンだったのでミニシアター系の映画がほとんど。よっぽどのマニアでなければ、オデオンビルに入ったことがある人はいないのではないでしょうか。

2000年には映画館が閉鎖、パチンコ店、ネットカフェ、個室ビデオ等が入り、すっかりファッションビルの様相はなくなってしまいました。

ドン・キホーテが横浜を蹂躙。

バンドホテル、ALiC日進、オデオン・・・現在、かつて横浜を象徴し、衰退していった3つの建物の跡は、いずれもドン・キホーテになっています。
時代の趨勢として仕方が無い事ではあるのですが、あと10数年もすると次世代の浜っ子たちの横浜の原風景はドン・キホーテということになってしまうのかと思うと、あまりのチープさにいたたまれないこと、この上ありません。

 

ちなみに、MEGA山下公園店は建て替えのため、9/11(日)に完全閉店。15年の歴史に幕を閉じました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です