クスリは百害あって一利なし。覚醒する分、人生が削られていく。

覚醒剤。シャブ。スピード。ヘロイン。コカイン。大麻。マリファナ。アヘン。LSD。合法ドラッグ。
芸能人からスポーツ選手はもちろん、教師、警官、会社員、高校生、中学生まで、日常生活の中にすっかり入り込んでしまっているドラッグ。
1951年の覚せい剤取締法執行まで「ヒロポン」という覚醒剤は合法で、普通に薬局で売っていました。60年代の音楽シーン、アートシーン、ファッションシーン、クリエイティブシーンは、ドラッグなしでは語れません。海外のある国や地域では、合法な薬物もあります。薬物の中にはタバコやアルコールよりも依存度が少ないものもあります。でも、やはりドラッグは身体を蝕み、心を蝕んでいくことに間違いありません。
人間をやめることになっても一度手を出したらやめられない恐ろしさは、ニュースやワイドショーでさんざん見聞きしていて、誰もが認識しているはず。なのに中毒になる人は、あとを絶ちません。
普通に生活していれば出会うことはない、向こう側の世界のものが、ネットでも、街でも、手の届くいたるところに存在していて、警察も、本当に取り締まる気があるのかと思えるくらい野放し状態。そして、フッとした心の隙間をついて、日常生活に入り込んで来てしまい、その人の人生を奪っていく・・・。クスリなんて、ネットで、夜の街で、今では学校でも手に入るものになってしまいました。
20年前。関内・相生町にあったバーにて。
兄貴のように慕っていたそのバーのマスターが、元演歌歌手でマルチビジネスの社長をやっている、メチャクチャ胡散臭い常連客に勧められてスピードをやりはじめました。その人が来ると他の常連客にカウンターをまかせて外に出て行くようになり、戻ってくるとハイになっている。はじめのうちはコソコソとやっていたのですが、しばらくするとスピードをやってくるといって店を出ていくようになり、しまいにはヤクザのボディガードをやっている、ごっつい黒人の売人が出入りするようになり、店の至る所・・・カウンターの裏側、店に置いてあったギターのケースの中、マイクスタンドの鉄パイプの中など、、、にクスリを隠しはじめました。
そして他の客にも薬物汚染が感染。
バーに出入りしていた、腕のいいバーテンダーのTさんは、「隣のビルからオレのことをライフルで狙ってる」とか、「第三京浜で尾行されたのでまいてきた」とか、「彼女とケンカして油の入ったフライパンで殴られた」とか、会うたび話していることが支離滅裂になっていき、ある日「遠くに逃げないと・・・」といって店を出ていったきり、二度と会うことはありませんでした。
そのバーで、ある日、カウンターに座ると、酒を頼む前にマスターから小皿に入った液体が差し出されました。
「飲んでみろよ」
ほんのわずかな量だったので、飲むというより舐めるという感じ。
「覚醒剤だよ。そのうち気持ち良くなってくるから」
覚醒剤を水に溶かしたものでした。当時、私は完全にアル中でいつもハイだったためなのか、口からだったので吸収が悪かったのか、幸いにも何も感じませんでしたが、さすがにヤバイ。毎日通っていた、我が家のようなお店だったのですが、覚醒剤を飲まされて以来、店に行くのをやめました。
半年くらい経った頃、店がどうなっているのか気になって様子を見にいったのですが、店の扉には、無数の張り紙がびっしりと貼ってある。
全部、“マスター、連絡よこせ”という内容で、名前と電話番号が書いてありました。
“やっぱり店をつぶして、逃げてしまったんだなぁ”
と、ちょっと淋しいながらも、その結末に納得して、その場を立ち去ったのですが、後日、バーの常連だった人にばったり会ってはなしを聞くと、マスターは覚醒剤で捕まって、刑務所に入っていました。初犯だったので本来なら執行猶予がつくところなのですが、売買をしていたことで罪が重くなり、実刑をくらっていました。
数年後、出所してから会って話をしたのですが、塀の中で、清水健太郎が一緒だったと、嬉しそうに話していました。
「覚醒剤は身体に悪いから、マリファナだけにしておくよ」
マスターは、ちっとも懲りていませんでした。
以来、10年以上会っていません。連絡先も捨ててしまいました。
私は、人間をやめる気はありません。