パラリンピックとの出会い。無関心からは、なにも生まれない。

実は私パラリンピックには、仕事を通じて深い縁があります。

はじめてパラリンピックを知り、パラリンピックに関わったのは、20年前の1996年のこと。

仕事でお世話になっていたプランナーが発起人となって、アトランタ・パラリンピック支援のためのボランティア団体を結成。

というのも、オリンピックではアマチュアの選手でも、国からの支援や各種支援団体、スポンサーからの支援で、活動費や交通費をまかなっています(競技によりますが)。

ところがパラリンピックは公的支援も、スポンサーの支援もほとんどなく、多くの選手が自費で練習しています。パラリンピック会場への移動も自費(今もほとんど変わっていません)。
そんな障害者スポーツのアスリートたちの負担を少しでも軽減するために、何かできることはないか。
そこで、そのプランナーが、パラリンピックが置かれている現状を、多くの人に知ってもらい、支援してもらうための活動をはじめたのです。

私もボランティアに協力するため、「パラリンピックを応援しよう」という内容の新聞広告の制作を手伝わさせていただきました。

メインイベントは、有楽町マリオンでのジャッキー・チェンの新作映画「ナイスガイ」のチャリティ試写会&アトランタ・パラリンピック壮行会。さすがにジャッキーは呼べませんでしたが、ビデオレターでメッセージを上映。会場には岡田武史・元サッカー日本代表監督や、バレーボールの益子直美さん、バドミントンの陣内貴美子さんも顔を見せ、かなり盛大に行われました。

アトランタ・パラリンピック終了後、ボランティア団体は解散。

パラリンピックの現状を見ると、20年経った今でも、支援活動は、当時とあまり変わらず、全く広まっていません。