井の頭自然文化園、ゾウのはな子69歳で死亡。野毛山動物園、はま子は59歳で死亡。

井の頭自然文化園(武蔵野市)で飼育されていた国内最高齢のアジアゾウ「はな子」が26日に69歳で死んだと発表した。都によると、はな子は1949年にタイから来日。上野動物園を経て、54年から井の頭自然文化園で飼育されてきた。

1947年にタイ王国で生まれ、第二次世界大戦後に初めて日本にやって来た象の「はな子」。2013年には、日本で飼育された中で最も長寿のゾウとなっていました。

それまでの長寿記録は、諏訪子(すわこ、1943年 – 2008年4月10日)。神戸市・王子動物園で飼育されていたメスのアジアゾウでした。

横浜、野毛山動物園にも長寿の象がいました。

野毛山動物園の入り口を入って右手に、小さな象の像があります。

IMG_1666開園直後の1951年4月から在園し、2003年に老衰で亡くなるまで、52年間にわたり人気者だった「はま子」の像です。

僕がよちよち歩きの頃、父はよく野毛山動物園に連れて行ってくれました。その頃元気な姿を見せてくれていた象が「はま子」でした。

自分が父になった時、よちよち歩きの息子を野毛山動物園に連れて行きました。そこで元気な姿を見せてくれた象も「はま子」でした。

自分が初めて見た象と、自分の子供が初めて見た象が同じだったことにちょっと感動し、親子三代にわたってその姿を見せてくれた「はま子」に、長生きしてくれてありがとうと心の中で感謝しました。

いま象舎のあった場所は、ひだまり広場として家族の憩いの場となっています。

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おまけ:野毛山動物園の思い出をほんのちょっと。

野毛山動物園が開園したのは1951年。以来、週末に、遠足に、入場無料ということもあり、横浜市民にとって一番身近なお出かけ場所として親しまれてきました。1999年、ズーラシアが出来たときに閉園になりかけたのですが、市民の声の後押しもあり存続決定。
とは言っても、アシカはズーラシアに引っ越してしまい、シロクマはズーラシアに引っ越す際に死んでしまい、動物の数はだいぶ減ってしまいました。

いま入場口がある場所は、当時は出口だった場所。かつては野毛寄りに、大きなキリンのゲートがドーンと建っていいました。
その先の図書館から続く坂の途中にある交番の横には休憩処があって、いつもおでんの匂いがただよっていました。
園内にも休憩処があって、おでんの匂いがただよっていました。

動物園なのに、動物の匂いより、おでんの匂いの印象が強く残っています。

また、動物園から橋を渡った先にある公園にあった「ふれあい動物園」では、柵で囲まれた中でヤギを放し飼いにしていて、中に入って遊んでいると、よく襲われて追いかけられていた記憶があります。

時代とともにだいぶ様子は変わってしまいましたが、そこここに幼い頃の思い出の断片が残っています。
野毛山動物園は、多くの横浜市民の心のふるさとのひとつとして、記憶に深く刻まれている場所なのです。

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