書家・高塚竹堂の愛弟子による、吉運を祈る百寿の書。

私の祖母は書家でした。

書家としての名前は千田梅里。小学校に入る前から、書家だった曾祖父、千田古梅のもとで書をはじめ、卵の中身を抜き取って和紙を貼ったものを掌の中に入れた状態で筆を持って書かされていたそうです。

女学校を出ると、高塚竹堂先生に入門。
神奈川県では2人だけしか合格していない文部省習字科検定試験(中等教員の免状が貰える)に合格します。

学校で書を教えるのもつかの間、祖父と出会い家庭に入り、しばらく筆を置くことに。
戦後再び筆をもち、82歳で亡くなるまで、書に生き、書を極める人生を全うしました。

とはいえ祖母は、書を極めることだけに専念してしまったため、名を売り、書を売ることに関しては、まったく無頓着。
超一流の腕を持っていたにも関わらず、その存在は、まったく知られていません。

唯一メディアに乗ったのは、祖母のお弟子さんが北の湖と結婚した時。
結婚式で使われた屏風には、結城天童が書いた絵に祖母が「書」を書いた「三十六歌仙絵巻」がちりばめられていました。
それだけでも芸術品として成立する絵の中に、構図を壊さないように、一発勝負で書くことの凄さ、そして完成度。
幼稚園から小学校まで9年間、祖母に習字を習っていましたが、私にはまったくその血は受け継がれなかったようです。
惜しむらくは、その時には祖母の目はかなり悪く、どうしてもまっすぐに文字が書けず、右に傾いてしまうといって、苦労していました。

また、地元横浜の総鎮守府「伊勢山皇大神宮」の記念館にも、額に入った祖母の書が飾ってあります。

さて、新しい年を迎えるにあたり、そんな祖母が残したおめでたい「書」を紹介したいと思います。

「寿」という文字の様々な書体を集めた、その名も「百寿」。

数十年前に、鎌倉八幡宮にてお祓い済み。

2018年新春、あなたの吉運を祈ってお届けします。

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