問答無用!自己中心的ラーメンランキング・BEST5

先日、昼・夜と1日2回つけ麺を食べたら、お腹の調子が悪くなりました。

平成のはじめ頃、家系から始まったラーメンブームも、もはやブームではなく完全定着したものの、
いろんなお店が出てきては消え、どこが美味しいのかさっぱりわからなくなってしまいました。

ラーメンの思い出

横浜生まれ、横浜育ちなので、家系が流行りはじめた頃から、横浜ラーメン博物館ができた頃まで、ラーメンブームの洗礼を思いっきり浴びて育ってきました(その頃はすでに成人していましたが)。

●当時の「家系」は、どこに行っても美味しかった。
けれど今は玉石混交、美味しかった店の味も落ち、ものすごく味にこだわっていた「六角家」ですら、御徒町店や海老名店は不味すぎで、どちらも閉店。美味しい家系を見分けるのが難しくなっています。

●西横浜と日の出町の駅前に「チャンピオンラーメン」という元プロボクサーが経営しているお店があって、ニンニクが一個(一欠片ではありません)丸まる入っているというスタミナ満点のラーメンだったのですが、全く流行らず、なくなってしまいました。

●神田に勤めていた頃、「ラーメン二郎」神田店で月に1度は食べていました。食べると必ずお腹を壊し、化学調味料の副作用でだる〜くなるにもかかわらず、しばらくすると食べに行きたくなる。麻薬のようなラーメンです。さすがに40歳を過ぎた頃、相模大野の「ラーメン二郎」で食べて体の調子を悪くして以来、敬遠していますが。

●神田に勤めていた頃、初めて食べた創価系の「天下一品」も、あまりのドロドロさに“2度と食べるか!”と思ったものの、今でも月に1度は食べたくなります。

●ラーメンが好きだった父は、ヒマな週末、中華街の関帝廟通りにあるお店で麺を買い、野毛の梅屋で買ったローストチキンの残りの骨でダシを取り、プロ並みに旨い、本格的な支那そばを作ってくれました。
その父が一番旨いといっていたラーメン屋は、黄金町の駅の下にあったのですが、全く美味しくありませんでした。

●秋葉原に牛骨ラーメンの行列店があり、めちゃくちゃしょっぱいラーメンを食べさせられました。しょっぱいのが売りだったようです。直後に狂牛病問題が発生。牛の髄液エキスたっぷり飲んでしまいました。

「九十九ラーメン」「胡心房」「青葉」「春木屋」「蒙古タンメン」「なんでんかんでん」「横綱」「鮎ラーメン」「Shinachiku亭」「六厘舎」etc.

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結構有名店のラーメンを食べ歩いていますが、そんなにラーメンファンでもありません。
健康に悪いし、栄養ないし、美味しいお店は並ばないと食べられないし。

それでも、思いつくままに書いていたら、ズラズラと、どうでも良いエピソードがいっぱい出てきてしまいました。

それほど日本人の生活にどっぷりと入り込んだラーメン。

ググって見ると、ランキングがいっぱい。
みんなそれぞれ違っていて、全然参考になりません。
なので私も完全主観、誰の参考にもならないラーメンランキングBEST5を、紹介して見たいと思います。

 

ラーメンランキングBEST5

5位

サッポロ一番 塩らーめん(105円)

星の数ほどあるインスタントラーメンの中でも、抜群に美味いと思っています。

「塩」というシンプルな味なのに、スープも麺も唯一無二の個性。切りごまのアクセントもたまりません。

サッポロ一番塩らーめんに「切れてるバター」をひとかけら入れた塩バターらーめんも、最強に美味しいです。 

4位

セブンイレブン 冷凍 具付き つけ麺(270円)

麺はレンジでチン!チャーシュー&メンマも麺と一緒に入っています。動物系×魚介系のスープをお湯で溶いたら完成。正味7分。
麺は太くてもちもち。スープも意外と深い。凡百のつけ麺屋で食べるよりよっぽどおいしい。チャーシューもメンマもスープも、270円のクオリティではありません。これを食べてしまうと、お店で800円とか払ってつけ麺を食べるのが、本当にバカバカしくなります。

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3位

餃子の王将 天津麺(500円)

子供の頃食べたラーメンって、ほとんどが普通の中華料理屋のラーメンでした。たまに専門店もありましたが、当時のラーメン専門店って、どさん子とかどさん娘の類です。
私は中でも天津麺が大好きで、どのお店に行っても天津麺を頼んでました。
最近では普通のラーメン屋が減ったり、天津麺を頼んでもペラペラの卵焼きが乗っているだけだったり、餡が乗っていなかったり、パチ物の天津麺ばかり。
その中で、餃子の王将の天津麺は、子供の頃食べた王道の天津麺。ちゃんと蟹の入った蟹玉に、餡が乗っている。ベタで美味しいです。 

2位

のスたOSAKA 難波千日前店(750円〜)

二郎インスパイヤー系・大井町にある老舗の人気店「のスた 凛本店」のラーメンに惚れ、

「この味を関西に持って行きたい!」と決心。

一週間毎日食べに行って店主を口説き、暖簾分けをしてもらったという、こだわりのお店。
VIにもめちゃくちゃこだわり、ロゴから店舗デザインまで、1年以上かけて仕込んでいます。

「この味を関西に持って行きたい!」とオーナーが思った頃、大阪はまだラーメン未開の地。なんばに一風堂が出来たばかりで、京都の「横綱」まで足を伸ばさなければ、美味しいラーメン店がありませんでした。

実は「のスたOSAKA 難波千日前店」のオーナーは私の知人。お店のコンセプトを一緒に考えて欲しいと言われ、オープンの1年くらい前に、大阪まで視察に行っています。
その後、最初のコンセプトが実現できなくなったので私はお役ご免になってしまいましたが、ちょっと違った趣で開店にこぎつけていました。

・・・実は、お店が開店してから、大阪に一度も行っていないので、まだ食べたことがありません。でも、ほんのちょっと仕事で関わったということで、完全私的理由で2位にしました。

近くにお立ち寄りの際は、ぜひ食べて見てください。ガッツリ・マシマシ系ですが。

1位

福富町 石小屋

藤沢橋にあったラーメンの鬼、佐野実の店「支那そばや」は、店内での私語・喫煙・携帯電話の使用が禁止でしたが、同じ頃、同じように、というよりも、もっと頑固なラーメン店が、横浜・福富町にありました。

“深夜だけしかやっていなくて、むちゃくちゃ美味しいのだけれど、気が向かないと作ってくれないらしい”
という話を、当時行きつけだったバーで聞いて、深夜2時、相生町から福富町へ車で移動。

そのラーメン屋は、ちょっとやそっとでは見つけられない、入り組んだ建物の中にありました。
お店の名前は「石小屋」。客は一人もいませんでした。

こちらは、男2人、女2人の4人組。

店の中を覗くと、店主と奥さんらしき2人が、カウンターの向こうに立っていました。

暖簾をくぐり店内に入ると、

「作らないよ」店主が一言。

何が気に入らなかったのか、本当に作ってくれませんでした。

あれから20数年。未だあの店はあるのだろうかとググってみたら今は店主が亡くなり、奥さんだけでやっているそうです。

当時は土地柄、暴力団関係・酔っ払い関係・薬中毒関係の方々が多いので会員制になっていて、一見さんお断りだったらしい。でも、連れは2度目だったのに。

24時以降オープン、3時ラストオーダー。日・月・火・水曜日定休。

奥さんもかなり高齢なようなので、近日中に機会を見て、食べに行こうと思っています。

まとめ

というわけで、奇しくも1位と2位は、食べたことのないラーメン屋になってしまいました。
石小屋は、近々食べに行きたいと思っていますが、のスたOSAKA 難波千日前店は、二郎系インスパイア。絶対調子が悪くなる。大阪まで行って、調子悪くなったらやだなぁ。

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