デザイナーはタイへ行こう。東南アジア系グローバル、ラブストーリー。

タイへ行こう

25年前のこと。
東アドで一緒に組んで仕事をやっていたグラフィックデザイナーの山ちゃん(仮名)は、美大に通っていた頃バイトをしていたタイ料理のレストランに久しぶりに顔を出したら、そのレストランのタイ人のオーナーに遠い親戚の女性を紹介され、仕事中ずっとにやけていました。
程なく付き合うことになり、写真を見せびらかされました。内田有紀に似た、目がくりっとした美少女でした。

「身体が弱くて病気がちみたいなんで、ずっとついていてあげたいよ」

山ちゃんはため息をつきながら、版下を組んでいました。

しばらくすると、彼女からもらったという、金のブレスレットとネックレスを見せびらかされました。
どちらもデザイン性がまったくないただの金の塊で、仕上げももの凄く雑な上に、どちらもずっしりと重く、身につけられるような代物ではありませんでした。

「お金に困ったら、売ればひとつ15万円くらいになるからって言われた」

装飾品は身を飾るだけでなく、身を守る役割も持っています。

シンガポール帰りの渡辺さん(仮名)は、いつも金の指輪をしていましたが、それは有事の際に、一食分だけでも食事と交換してもらうためだといっていました。

元ヤクザでパチプロの飯田(仮名)は、ギャンブルの師匠から、ここぞという勝負の時にお金がなくて勝負ができないということにならないように、できるだけ金目の物を身につけていろと教えられ、ボロボロの格好をしているときでもロレックスの腕時計をはめ、金のライターを持ち歩いていました。

韓国人の留学生の朴さん(仮名)は、左手の薬指に大きな指輪をしていましたが、それは、薬指には大きな血管が通っていて、切り落とされると出血多量で死んでしまうこともあると軍隊で教わったからだと話してくれました。

当時のタイは、軍部政権から文民政権への過渡期で政治情勢が不安定だったため、彼女からのプレゼントは、限りなくリアルな愛情表現でした。

ある日ヤマちゃんが、清々しい顔をして話しかけてきました。

「俺、タイに行ってくるよ」

「遊びに行くの?」

「デザイナーやめて、とりあえず彼女の店を手伝おうと思って」

「なんで急に?」

「デザイナーやってると、毎日帰るの終電で、週に2回は徹夜して、休日もだいたい出勤してるでしょ。そんなに働いているのなら、給料いっぱいもらってるでしょって彼女にきかれたから、手取りで20万円切るくらいだっていったら、会う時間も作れないくらいたくさん働いているのに、なんでそれっぽっちなんだって。彼女、タイで日本人向けのレストランを成功させていて、今度日本にも店を出すことになってこっちに来てたんだって。オーナーだから、店はスタッフにほとんど任せっぱなしだけど、月に100万円以上は稼いでるって。デザイナーばかばかしくなっちゃった。彼女と一緒にタイに行ってくるね」

そして山ちゃんは、愛と金の赴くままにタイへ行ってしまいました。

 

フィリピンへ行こう

おなじ頃、横浜で。安見さん(仮名)は、四十歳も半ばにさしかかり、十年以上連れ添った奥さんも高校生の娘もいたのに、若いフィリピン人の彼女をつくり、本気で愛してしまいました。ところがその彼女は、ビザの期限が切れ、フィリピンへ帰ってしまうことに。フィリピン人との恋愛に、ありがちなパターンです。安見さんは悩み抜いたあげく、それまでの人生を捨て、彼女を追ってフィリピンへ旅立っていきました。

いまごろ安見さん、彼女と会って一緒に暮らしているのかなぁ。と思っていたのもほんのつかの間、数日後、行きつけのバーのカウンターで、一人で飲んでいる安見さんを発見。

「彼女の故郷の村って、すごい山奥だってきいてたけれど、ほんとにジャングルみたいなところだったんだよ。でも彼女と一緒に暮らせるなら、そこで暮らすのもいいなって思ってた。やっとの思いで村について、彼女にも会えた。彼女は大喜びで迎えてくれたし、彼女の家族も、言葉は通じなかったけれど、すごく好意的に迎えてくれた。でもさ、彼女に村を案内してもらったら、村の男たち、みんなマシンガンぶら下げてるんだよ。ゲリラの村だったんだ。彼女はもう日本に帰らないっていうし、僕も彼女と一緒に暮らせるのなら、すべてを捨てて、彼女と一緒になる覚悟で行ったんだけど、ゲリラの村だよ。拳銃だって警察がぶら下げてるのしか見たことないのに、みんなマシンガンで武装してるんだよ。戦争中なんだ。さすがにそこまでの覚悟はできてなくて。彼女にはちょっと街まで買いものに行って来るっていって、そのまま日本に帰って来ちゃった」

安見さんは一気に語り終えると、ちょっと間をおいて、大きなため息をつきました。
奥さんと娘には頭を下げたものの、許してもらえそうもないと愚痴っていました。

 

さらにフィリピンにて。

パチプロの飯田(仮名)は、安見(仮名)さんからフィリピンにはかき氷がないという話を聞くと、「一発当ててやる」といって、ロレックスを売ってお金をつくり、かき氷機を一台抱えてフィリピンに旅立っていきました。

その後、フィリピンでかき氷屋が流行っているという話はまったく聞こえてきません。

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